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第6章 ウォン・・・ウォン・・・ピッピッ

食用ガエル  東雲の本校が仮設の病院になった、という知らせがありました。
とりあえず、こちらの怪我人を、つれていくことになり、不自由ながらも歩ける人を助けながら出発しました。もう夕方のことでした。途中で休みながら、ゆっくりといきました。
 ビンに水を入れ、かくすように持っていきました。ボロのようになって、避難している人々の目にとまれば、アッというまになくなるからです。せがまれたら、あげないわけにはいかないのです。
何か罪をおかしているような、重い気持ちでした。だけど、同行の怪我人のために、心を鬼にして歩きました。  薄暗くなりかけたころ、本校につき、怪我人を病院にねかせることができました。
 柔道場、剣道場の床面を、ざっと片付けただけの、病院でした。やけどには油をぬり、切り傷にはアカチンキを塗ってあるだけでした。
「いたい!水を・・・油をぬってくれ!」
「ウウン・・・ウウン・・・」
「くるしいよ:殺してくれ!」
いろいろなうめき声が病院中にみちていました。どこから来たのか、幸いに、軍医殿が1名、看護婦さんが2名いました。
 血と汗と、怪我人の傷口や火傷からでる体汁でドロドロになりながらも、仮手当に一生懸命でした。
麻酔もなしで、大きな傷口を縫い合わせていました。
「痛いよ!やめてくれ!」
「バカヤロー!我慢しろ!このままだと、死んでしまうぞ!痛いくらいなんだ!」怒鳴り合いながらの治療でした。パッ、パッと赤チンキをかけて、おしまいでした。
 いたたまれず外に出ました。遠くに見える広島市内全域から、炎と煙が、たちのぼり、時たま風にのって、人々の叫び声や、肉親、知人を探しているのでしょう、呼びあう声が、流れてきました。
「学生さん!おにぎり、たべんサイ・・・」
仁保地区の方から来たという、おばさんたちが声をかけてくれました。戦時下のお米の少ない時に、知らぬ人から無料でおにぎりをもらえるなんて、とても信じられないことでした。ましてや、こんな被害の時にです。
「ほんとうにエエンですか?」
びっくりでした。声もうわずっていました。
「どうぞ、おにぎりユウても半分いもが入っトルケンド・・・」
「くずれるケン・・・漬物の葉で巻いてあるケンド、おいしいよ!」
「中の人たちにもと思うたけど、大勢すぎてどうにもナランケン・・・」
 おばさんたちは、外にいた人たちだけにでもと、一つづつおにぎりをくばって、帰っていきました。
ありがとう・・・ ありがとうございます。
 時過ぎて思い出すたびに、しみじみと心にしみる出来事でした。
 本校前に広がる蓮田を、見るともなしに眺めていた時、学友が言いました。
「そうだ、ウォンを捕まえよう・・・前の蓮田にヨウケオル!」
「ウォンてなンジャ・・・?」
「食用ガエルジャ・・・うまいゾ!お前、手伝ってくれ!、他のものは本校の寮で、塩かしょう油をさがして、湯をわかせ!」
学友の後について、蓮田にいきました。
「静かに・・・」
あぜにしゃがみました。
「ウォン・ウォン」「ウォン・ウォン」
そこ、ここで鳴きはじめました。
「おれがヨシ!といったら、遠くに小石をほおりこめ!」
水面をすかして見ていた学友が
「ヨシ!」「ポチャッ!」 僕は小石をほおりこみました。
近くの水面にひろがる、波紋の中央に手をつっこみました。
「よっしゃ!捕まえた」
引き上げた学友の手に、大きな食用ガエルが手足をばたつかせていました。慣れた手つきで、かえるの頭を小石でたたきました。
かえるは静かになりました。何度もくり返し10匹ぐらい捕まえました。
「いつも故郷で、やっとるケン・・・」
学友は、手早く皮をはぎ、身だけにして沸騰している湯にほうり込みました。10分ぐらい湯でて出来上がり。塩か、しょう油をつけて食べました。
「うめえ!」
一口食べて、思わず叫びました。ニワトリと同じような味でした。朝から、おにぎり一つ食べただけでしたから、なんだか全身に力がみなぎるような美味しさでした。
「ウォン・・・ウォン・・・」
 今でもドライブに行き、夕方、田舎道でこの泣き声を聞くたびに、昭和20年8月6日の夕暮れにタイムスリップしてしまいます。
 人の気配がすると、ピッ・ピッと尾びれで水をかき、バックするように逃げるザリガニも捕まえ、たくさん食べました。えびと同じような味がして、当時一番のご馳走でした。
「食用がえるさん、ありがとう」
「ザリガニさん、ありがとう」