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第3章 黒い雨

黒い雨  一斑約四〇名位のうち軽傷で救助活動できるものは約12名位だったと思います。先生の命令で活動部隊イロハニホヘトと分けられました。2名一組で本校内の被害状況を調べてまわりました。
 本校横の出入り口のドアはいまにも取れそうに1ケの「ちょうつがい」だけで斜めにぶら下がっていました。
「ウワッ!なんじゃこりゃ!」
思わず叫びました。30メートルぐらいの長い廊下があり左側(ひろしま市内側)はガラス窓があり、右側(むかいなだ側)は各教室の窓が整然と続いていたのですが、今、目の前の状況は見るも無残・・・、天井板は大きく波打ち窓ガラスはわくごと吹き飛ばされ、廊下の床面は歩けないほどガラスの破片が突き刺さり、壁といわず柱といわず同じようなありさまでした。
「こりゃ入ランほうがエエ・・・」
「外からのぞいて廻ろうヤ」
2人で校舎づたいに見て廻りました。
途中で帽子をかぶっている頭がちょっとチクチクするようなので帽子をとってなでてみました。指先にかたい物が当り頭がチクッとしました。学友に見てもらいました。
「お前、頭にガラスの破片がささっトルド!小さいけど2、3コンあるでェ!指ではとれんケン医務室にたしかピンセットがあるはずじゃケン・・・とりにいこう!」
走っていきました。そこには怪我した学友が手当をしあっていました。手当といってもせいぜいオキシフルで消毒して赤チンキをぬるぐらいのことでした。
ピンセットでガラス片をぬき赤チンキをぬってもらいました。落ち着いて体を調べると他にも腕・胸・腰にガラス片と小さな切り傷がありました。赤チンキをぬりあいました。
「活動隊イ、ロ、ハ、すぐ集まれ!」先生が叫んでいました。急いで集まりました。
「お前達は今から寮の状況を調べに行け!そして適切な応援救助活動をやれ!」
「行く途中何があるかわからんが注意してゆけ!ガンバレヨ!今こそ師範魂のみせどころだ!」
 不安でしたが先生にハッパをかけられ6名は被爆直後の市内を爆心地方面にある寮に向かって急ぎました。
 畑の中の道はさけて市内に向かって左手の仁保地区の街並みづたいに行くことにしました。
本校のまわりは畑ばかり、後ろは土手をはさんで猿コウ川があり町人の大さわぎはまったく知りませんでした。
 町並みに近づくにつれて人々が呼びあい、叫びあい走り回り大変なさわがしさでした。
みちには飛んできた、瓦やガラス片、看板などが散乱していました。ガラス片で怪我した人が血をたらしながら、それでもなお家財を運び出そうとしていました。
「そんなもん・・・ほかットケ・・・バカ早よう逃げニャまたやられるゾ・・・!」
「ホイでも大事なものは持っていカニャ!」
「アホ!命が一番じゃローガ!」
口、口にどなりあいながら右往左往していました。
こりャたいへんなことがはじまったンジャ!心の中であらためて思いました。
「ポツッ・・・ポツッ・・・」あたりが暗くなり空から雨が降ってきました。寒くなり、冷たい雨でした。
遠くの空は青く晴れているのにナンジャロ?かなり大粒の雨でした。
「へんな雨ジャノオ・・・黒いことないか?・・・」
いわれて手の平でうけてみました。水といっしょに黒い小さな粒々がいっぱい見えました。
服にしみこんだ雨のあとは黒い紋様のように点点と黒いしみになり、小さなゴミ粒がいっぱい着いていました。あわてて家の軒先に入りました。帽子も黒い点々がいっぱい着いていました。雨は5〜10分位だったと記憶しています。
「アメリカが空から油をまいとるゲナ!・・・今度は焼夷弾を落として、みんな焼き殺すンジャゲナ:早ウ逃げニヤ!・・・」
誰かが叫びながら町中を走り回っていました。
もし油じゃっタラみんなかぶってしモウタケンどこへ逃げてもオンナジじゃないか!
心の中で叫びました。でも一応走り出していました。その時はじめてアメリカが爆弾を落としタンジャと知りました。
 僕達は夢中で町並みを走り抜け次の町並みが見える宇品線の踏切まできました。
 その時今でも忘れられない地獄絵図が目に飛び込んできました。一面立ちこめるチリと煙りのもやの中から一団の列が現れてきました。傷は負っていても、わりと元気そうな人が竿の前後を支え、その間に7〜8人の怪我人がぶら下がるように竿につかまり、よろけながら歩いてきました。人というよりボロでした。
男も女も衣服はほとんどなく、わずかに残った布もぼろぼろで血と汗と火傷でヌルヌルの体にへばりついているだけでした。女の人の髪も血と汗とほこりでドロドロにまみれ、白いうなじにまつわりついていました。僕達がはじめて出合った市内から避難してきた被爆者の第一陣でした。
 思わず顔をそむけて横をすり抜けましたが、おろかな行為でした。次から次へと同じような列が続いてきました。
「まともに服を着て靴をはいてる俺達が恥かしい気分になってくるノオ!」学友が小声でささやいた。まったく同感・・・
「・・・・・・」
言葉もなく僕は学友の目をみかえしました。
 煙とホコリト火炎と、本当に逃げ出したくなるようなムッとする暑さでした。その暑さに追い討ちをかけるように夏の太陽がカッと照りつけてきました。
「だれか水を!水を・・・」 消えいるようなあえぎ声の列がどこまでもつづいていました。
 道にも力つきた大勢の人が倒れていました。
見上げるとあの黒い煙の柱はモクモクと、すごい勢いで立ちのぼり上の方は松茸のようにひろがっていきました。
見通しのきくやや広い所にでました。見るとひろしま市全域から炎と煙がたちのぼり、黒い柱に吸い寄せられるように、まるで漏斗をふせたような形で中央に集まり高く立ちのぼっていました。
 そんな広島の空に、虹がかかっていました。
 複雑な思いでしばらく立ち尽くしていましたが、気を取りもどしまた、急ぎ足で寮をめざしました。
汗も出るはしから乾き、先ほどの黒い雨とまざりあい白いような灰色のような紋様を服に描きだしました。