"平和の原点"を見つめ、この地球から核と戦争をなくしましょう。
このサイトは、埼玉県坂戸市で毎年行われる「ヒロシマ市民の描いた原爆絵画展」の記録を掲載しています。
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2009原爆絵画展代表団広島訪問報告2

原爆絵画展坂戸・鶴ヶ島地区実行委員 武井誠

イラスト鳩

学習に裏打ちされた反戦の決意を

 私にとっては、「ヒロシマに学ぶ埼玉子ども代表団」世話係としての13回を含め、16回目の広島でした。子ども代表団は、例年8月6日の夕方、平和公園の中で「まとめの会」をもち、感想発表や意見交換をします。5回目くらいの時に「戦争や原爆のことがよくわかりました。」と感想を述べた小学生に対して、「たった3日で、よくわかったとは言わないでほしい。私は、もう何回も来ているが、わからないことばかりだ。」とコメントしたのを覚えています。平和な未来を作る担い手としての成長を期待した、辛口の発言だったのですが、それは同時に、これからもヒロシマを学び続ける、という私の決意表明でもありました。

 戦争よりも平和がいい・・・これは多くの人の願いです。しかし、それだけでは戦争を防ぐ力にはなりません。力をつけるためには、なぜ戦争は起きるのか、戦争を起こすのはだれなのか、このことを私たちは事実から学び続けなければならない、と考えています。

 日清戦争のころ、一時広島が首都となり、広島で行われた臨時帝国議会で、侵略戦争の莫大な軍事予算案が可決されたこと、その後も広島はアジアや南方へ多くの兵士が送り出される軍都として繁栄したこと、物資の補給を軽視した軍の作戦が、たとえば中国戦線での略奪や殺りくの原因の一つであったこと、降伏をせず玉砕するまで戦う日本軍の狂気が日本に原爆を投下させる原因の一つであったこと、極限状況の中でも朝鮮民族への差別が存在したこと、現在の在朝被爆者の実態・・・しかし「だから日本は原爆を落とされても仕方なかった」と考えてはいけないこと、などなど・・・資料館、祈念館や市内に残る原爆の爪あとなどをたどりながらお聞きしたお話を、私は、決して忘れません。

 密度の濃い、大変有意義な旅でした。ご尽力いただいた皆さんに心から感謝します。

 軍隊で一人ひとりの命は守れません。「備えあれば憂いなし。軍備を持たずにいて、もしどこかの国が攻めてきたらどうするのか。」この考え方に、説得力を持って反論できるかどうか。私たちの力量が問われています。

 今回、同行できた皆さん、この報告をお読みくださった皆さん、共にがんばって行きましょう。

 最後に、この旅のために、多くのカンパをくださった地区実行委員のみなさん、地域のみなさん、組合のみなさん、本当にありがとうございました。