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5.時の遊び

坂戸市 伊崎秀子(84歳)

 私は、82歳で初めて一人暮らしを始めた。決して自分で望んだわけではないが、一人暮らしは何の束縛もなく自由で結構快適だ。その反面なんだかタガが外れたように毎日の生活に締りがなくなり、時折やり場のない寂しさに襲われることもある。

 一人テレビの前に座っていると、『イラクへ自衛隊派遣』(アメリカ一辺倒では危ない!)、『小泉首相靖国神社参拝』(周辺国の国民感情を逆なでするような行為は止めるべきだ!)とテレビに向かって心の中で叫ぶ。弱者をターゲットに平然と行われる殺人・暴力・詐欺事件。加えて企業や役所の犯罪・不正も後を絶たない。自分にはどうしようもない出来事ばかりでストレスだけが日々肥大していく。

 そんな時、韓国ドラマ「冬のソナタ」にはまった。韓流ブームの火付け役となったこのドラマは、交差する過去と現在に翻弄される人間模様を描いた初恋物語。見事に演出された(愛)の美しさに感動し、ストレスでささくれ立った私の心は癒された。「あなたが好き」「あなたを愛している」、愛が優しく語られる時、その言葉は相手を幸せに包み込む。

 私は自分の青春と重ねてみる。残念ながら私は男性からそんな言葉を囁かれた体験がまるでない。私の青春は「戦時」という灰色の壁の中。いまや実生活では思い起こすことのないほど遠い過去になり、その朽ちかけた記憶に私の青春時代は埋もれようとしていた。

 当時23歳の私は出征軍人の妻で、母と幼い長女と3人暮らし。家の近くにある軍需工場の事務所で働いていた。職場では若い実直そうな男性が上司であった。彼は無口で、勤勉で仕事一筋の人でありその口からは仕事以外の話題はほとんど出なかった。

 倉庫の片付けや掃除のため、二人で一日中黙々と働くこともあった。そんな時、彼はしばらく姿を消し、「家で野菜を取ってきた」といって取り立ての野菜を私に持ってきてくれた。渋谷から世田谷の自宅までわざわざとりに言ってくれたようだ。またあるときは片付けの後に「後ろを向いて」と言われ、背中を向けると、「背中にゴミがついているよ」とゴミを丁寧に払ってくれたりした。

 彼は私に対してとても好意的だった。私は当時、彼の好意は出征軍人の家族に対する助力として、感謝の気持ちで素直に受けた。ところが「冬ソナ」によって、男性の心のやさしさ、奥に秘める熱い思いにふれ、彼の行為の中にも、私への特別な思いがあったのかもしれないと今になって思う。彼はその後一年もたたずに、病に倒れて亡くなってしまった。まだ20代の若さだった。もしかしたら「私は彼に愛されていたのかもしれない」。そう思い込むことで戦時の灰色の記憶に、一点の暖かい灯火がともった。半世紀以上も遡る「時の遊び」・(愛)の真意は確かめようもないが・・・。