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第8章 8月7日 一滴の水

花  遠くから流れてくる子どもの泣き声で目がさめました。昨日の異常な体験の疲れのせいか、もう午前8時ごろになっていました。まわりの空気は物のこげる悪臭がただよい、太陽がカッと照りつけていました。
まだ、ボーッとしている五感に気合を入れながら、声のする仮設病院へ小走りで行きました。
「よしよし、大丈夫だよ!何もしないからね。お姉ちゃんと一緒に、もっと、たくさんのお水のでるところにいこうね・・・」
看護婦さんが、しゃがみこんで幼い女の子を抱こうとなだめていました。そばで軍医と学友、他に2・3人の救護の人たちが泣き叫んでいる女の子を、困惑顔で覗き込んだり、なだめたりしていました。
「どうしタンですか?」
「この子のお母さんが、今朝がた死ンダンヨ!だけど昨日からずっと、水をくん来ては、母親の口にかけとッタンジャが、死んでもやめようとセンノよ・・・」
「私が、この子を遠くえはなしトル間に、死体を運び出そうとしとルンジャが・・・泣き叫んで大変ナンヨ・・・」
話している間も、女の子ははなれまいと母親の髪の毛をしっかり握り締めて泣き叫んでいました。
「このままでわ仕方ない!もうすこしそっとしておこう!」
そう言った軍医の目に、何かあふれるものを僕は見たような気がしました。軍人さんも人間なんジャ!一瞬でしたが、何か温かいものを感じていました。
まわりの人たちは、軍医の一言で、それぞれの救護活動に戻りました。
 僕たちもその場を離れました。
でも、作業の途中で近くを通るたびに、気になり、見るともなく、女の子を探し目で追っていました。ひる頃になっても、渡り廊下のそばにある蛇口から「ポツリ、ポツリ」と出ている水を受け少したまると、ヨチヨチしながらも、こぼすまいと一生懸命、そっと歩いて母親の口元にかけていました。朝からずっと続けていたそうです。
「つらいノオ!見るたびにつらいよ!大きな声ではイエンケド、戦争さえなかったらノオ」
誰かがしみじみといいました。
まわりの人たちは、みんな無言のままでした。「この非常時に、何を言うか!」
と怒る人もいませんでした。
 夕方、母親の死体はすでになく、女の子もどこかに連れて行かれたということでした。
後で聞いた話では、疲れ果てて寝ている間に、そっとはなし、母親は、本校裏の土手で焼かれて天国へ。女の子は戦争孤児の施設に引き取られたそうです。
 元気で生きていますか・・・?
一滴の水を運びつづけた、貴女のやさしさはそのまま貴女の人生に、幸福を運んでくれたものと信じています。