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第4章 金魚と白い乳房

金魚  家々は申し合わせたように一定方向に傾き、ところどころから火の手が上がっていました。
半分焼けこげた電柱から電線はたれ下がり、道は崩れた瓦やガラスの破片が飛び散りその上に異様にふくれ上がった死体がここにも、そしてここにもあそこにも数え切れないほどごろごろ、中にはまだ死にきれず小さくうめいていた人も「みず・・・ミズ・・・」と、もがいていました。
 みんなひどい火傷がありプックリと水ぶくれになり、破れた皮膚はボロのようにたれさがっていました。
 市中に入っていくにしたがってその地獄絵図はどんどんすさまじさをましていきます。
「あつい!暑い」
そうだ、今朝手伝った水槽の水で汗を拭いていこうと思いました。防火水槽の中には2人の顔がありました。
「何しとルン!きもちよさそうに!・・・」
水槽の中の人はジャパジャパと頭を洗っています。よく見ると若い女性でした。
「髪がなんだか、ニネェト、ニネェトして気持ちわるいンヨ・・・」
またジャブジャブと洗いました。
「洗っても洗ってもニネェト、ニネェトするンヨ」
みると髪は少し抜けており、火傷した頭の皮膚が見えていました。そして顔3分の1位と首すじにかけ火ぶくれになっていました。
「あまり洗うと皮膚がめくれてくるケン・・・やめんサイ!顔の火傷もわかっとルンネ?」
「いいヤ知らんヨネ・・・今まで夢中じゃったケン・・・だけどニネェトすると思うとッタンヨ!そんなにひどい!」
2人の女性は改めて傷をたしかめあっていました。
「ワアあんた:ひどい火傷じゃ!」
「あんたもじゃ!ぜんぜん知らんかったケン!・・・」
「あんまり水に入ってトルと体がよわるケン・・・出た方がエエと思うヨ!他には傷はないンネ?・・・」
「出たいケンド服がないンヨ:ボロボロになったケン脱いでここに入ったンヨ:そこにあるジャロ・・・」
女性の指さしたところに半分焼けたような女学生服と鉢巻が落ちていました。
「あんたら女学生ナンカ?僕らと同級生ぐらいジャ・・・」
「そかい作業の最中にピカッと光って爆風がきたンヨネ!何がどうなったのかわからン様になってからニ・・・2人でここまで逃げてきたンヨ・・・こわかった!それにしてもアンタラいい服着て傷もないし、どこからきたンヨネ?・・・」
「ワシラ東雲町の方にオッタケン・・・あンまり?コゲェナ大変なことになっトッテ・・・びっくりしとルンジャ・・・そうじゃワシラのシャツでよかたら着ンサイヤ・・・」
下着のシャツをあわてて脱いでさしだした。
「ほんとネ!ありがとう・・・このさいじゃケンもらうワイネ!」
そう言って腕をさしだした時、水面ぎりぎり白い乳房がチラチラと見えました。思春期の僕達にとってあまりにもドッキ・ドッキの光景でした。初めてかいま見た生きている女性の乳房の丸味にキョロキョロ、目をおよがせていました。
 忘れられない地獄の中での鮮烈な一コマでした。
「ありがとう・・・」「元気で!気をつけて!」
水槽から女学生を出してあげると、明るくほほ笑みながら思ったより元気に2人手をつないで、逃げまどう人々の中に、消えていきました。
「仁保の方にいったらエエンヨ!・・・ここらよりましジャケン!」
女学生のひらひらと振った手の平だけが見えていました。
 水槽の中では地獄のような町の出来事を知らぬげに、赤い金魚がゆったりと泳いでいました。
 一瞬でしたが、平和な頃の遠い夏の日が、頭の中で走馬灯のようにめぐりました。